企業という組織、学校という組織、省庁、県庁、市町村役場、特殊法人、政党団体という組織、宗教団体、様々な組織に身を置き、そこで報酬を受け取る人々にとって人事は避けて通れない。そこには、その報酬を決める評価が存在する。しかし、その評価方法、報酬の決定方法は様々である。そこでは、生活を左右する報酬はどのように決まるのか。どのように対処したら、より多くの報酬を獲得できるのか。様々な制度の中に共通するであろう対処方法を考えてみました。
評価制度では、実施されている例は少ないが、特殊なものとしては、公平さを重視しての、ペーパー試験制度がある。公平かも知れないが、試験成績と、業務への貢献度をどのように関係付けるのであろうか。こんな組織においては、業務を消化するよりも、受験勉強に専念したくなりましょう。実際、そんな職場もあるという。
特異な制度として、外部機関に年俸査定を委ねる組織もあるという。外部機関は何をもって答を出すでしょうか。職場の日々の姿を知らない第三者、数値となった業績データ、学歴、資格などを評価情報として判断するしかない。職種別相場情報なども参考にするとはいっても、日本では、米国のように、職種別組合も存在しない。このような職場では、資格取得に励み、数字になり易い業務に集中することが得策でしょうか。
年俸制度も、基準年俸、業績年俸方式のような、給与、賞与制度とあまり変らない制度である場合は別として、プロ野球のように、個別の交渉で決定される職場では、交渉術を向上しておくことが必須です。次年度年俸2000万ならば満足だと考えているところに、上司の提示額が2000万だった。「有難う御座います」と簡単に交渉を終えてはなりません。心の内は隠して、「一晩考えさせて下さい」と言いましょう。来年の交渉時、敵は、今回の貴方の反応を思い起こし、もう少し額を上げてくるかも知れません。
○ 評価制度の存在しない組織 ○
自分の給与、賞与がどのような基準で決められているのか、見えない組織。ルールは有るらしいが公表されていない組織。そんな組織で、職場で働く皆様は、昇給時、賞与時、その結果に対して、満足していないことを、直属上司にさり気なく伝えておきましょう。上司達、小さな企業でのトップは、自分の部下が、給与、賞与に対して、どのように感じているか、満足し、喜んでいるか、不満に思っているか、その反応にはとても敏感です。
鈴木君と佐藤君、各々、良い所も、悪い所もあるが、今の給与から、いくら昇給するか。同額でもいいかとも思うが、去年の昇給時、鈴木君は、「僕の昇給は、もう少し期待してたのに・・・」と、不満そうな顔をしていた。彼には、少し上積みしておこう。職場を維持する上でも、彼がやる気を無くしたら、部門の業績に影響が大きいしと。どんな組織にも、評価のルールは存在しなくても、評価はある。そして、ルールが存在しない場合、評価は、評価される側の反応に揺らぎます。極端な例では、辞意を仄めかしたら、給与を上げるから辞めないで欲しいと言われたと。そんなケースもあるようです。
評価が闇の中にある組織で、自分の処遇をより良いものにするには、常に処遇への不満を上に伝え続けることが欠かせない。そのような行為、真面目な貴方には、心情としては抵抗があるかも知れません。しかし、これが、多くの職場での避けがたい現実です。この構造を理解し、上司に嫌われず、かつ、メッセージを的確に伝える。微妙な問題ではあるが、スマートに演出する方法を考え、良い結果を獲得する工夫をしましょう。
○ 自己評価重視の評価制度 ○
評価を闇の中に置いたら、上のような問題がある。評価の基準を明らかにし、評価結果を本人に示すことで、評価制度の公開性を高め、公正な能力開発に結び付く人事制度にしよう。理想の人事制度を説く、専門家が最初に示す共通の原則です。公開された評価基準で、上司が部下を一方的に評価、お前の評価はこうなると伝える。しかし、この制度にも問題がありました。権力を持つ上司でも、給与、賞与に関係する評価で、部下を公正に、厳しく評価することは、必ずしも職場の士気向上に結び付かない。皆を高い評価にし、褒めてやる方が、職場運営もやり易いとなってしまう。そんな上司は珍しくない。結果として、給与、賞与を決めるには活かせない評価データとなってしまったのです。
そこで考え出されたのが自己評価を重視する方法であった。まず、本人に、自分自身を評価させる。それを横に見ながら、上司が評価する。公開されている基準で、自分で自分を評価させれば、それなりの評価をするでしょう。上司のみの一方的な評価では反発も生まれるが、本人も評定者となれば、無責任な評論もし難くなる。両者の評価結果を突合せ、話し合えば、指導育成にも繋がり、能力開発が実現できる。
しかし、問題は残りました。評価基準です。誰が評価しても、同じ人を評価したら、同じ結果になる。そんな評価基準を作り出すことは不可能なのです。従って、本人と上司の評価結果は異なって当然です。また、評価基準の曖昧さも手伝って、本人評価を横に見て評価する上司は、本人評価の影響を受けます。本人評価が甘いと感じる上司も、後で、本人との話し合いで、評価が甘い、私が観たらこうなると、厳しい評価を納得させる難しさを予感します。逆に、目標が高く、それ故に、謙虚に、自己に厳しい評価をしている部下。上司は安堵します。
さあ、結果はどうなるでしょう。説得力を含む、指導力の高い上司であれば、問題は小さくなりましょう。そうでない上司の場合、自己主張の強い、自分の評価を高く位置付ける部下には適当な所で妥協してしまいます。結果として、大きな貢献をしているのに、謙虚な部下は、本人評価の低いことをいいことに、低く位置付けて答とします。部門全体での枠という規制もあれば、上司も止むを得ざる選択と解釈しているでしょう。
このように、自己評価からスタートする人事制度、その公正さの限界に気付いておられる賢い貴方、その点は抜かりなく振舞っていると思いますが、間違っても、人事の場で、自己評価に際しては、決して謙虚になってはいけません。
○ 成果主義・目標管理制度 ○
厳しい経済競争を勝ち抜くには、組織の内部にも、厳しい競争がなければならない。給与賞与も、従来の年功的な微温湯のような制度では活力も失われ、組織の存続も危うい。貢献度、成果に応じて、差を大きくしたい。しかし、従来の方法では、評価基準の限界、その基準から導かれる評価の限界もある。これをどう超えるか。そこに出現したのが目標管理制度でした。組織が目指している方向から、各部門の、そして、各個人の、目標を明確にして、その目標の達成度で評価し、処遇を決定する制度である。
期首に上司と話し合って目標を設定、期中には、進捗を確認、そして、期末には、その結果を評価する。評価における問題、誰が評価しても同じ評価結果が得られる方法がないという問題は解決したでしょうか。個々人で異なる、目標の大きさ、難易度、重要度、数値化できない目標。そして、達成度と表現される結果評価の限界。公平な評価を目的とした制度とは言いながら、この問題はなんら解決されず残ってしまいました。
荒っぽく達成度だけで評価される制度なら、目標はできる限り易しいものを選んだ方がお得です。そして、他部門からの協力要請など、その他のことは評価されないとすれば、避けて通り、目標業務に集中することです。最後の達成度評価の上司との確認においては、目標の困難さ、途中での障害、達成度の高さを主張しましょう。例え、粗利益など、数字で表される目標であっても、数字の大小で決して評価し切れないこと、その数字に影響を及ぼしている諸要因を説明しましょう。そして、上司の評価には、最後まで、満足してない、納得していないことを伝えましょう。
上司と評価ランクが一致したのに、上部機関の査定で、ランクを下げられてしまう、そんな職場もあるという。この制度が目指したものは何であったのか。評価制度から曖昧なものを除くためではなかったのか。納得できない貴方は間違っておりません。ただ、このような職場での対処のし方に名案はありません。しかし、人間の陥りやすいマンネリズム、それを避けるには目標設定は有効です。評価とは関係なく、自分のための目標を立て、自分のために頑張りましょう。矛盾した人事制度は、長く維持することはできません。公正に評価される時は必ずきます。その時に提示できるものを今から築いておきましょう。
○ 異議申し立て制度 ○
人が人を評価することの限界を踏まえ、問題がある場合、救済しようとする制度です。それは運用のし方によっては意味のある制度です。しかし、不備な制度を自覚するが故に、それを補うために、設けている職場もあります。これは、評価の限界から生ずる、納得し得ないメンバーをアフターケアするものですが、制度維持の観点からすれば、異議申し立てで、結果を変更することは、望ましくない。何故なら、評価が公正な、信頼できるものでないことを認めることになってしまうからです。
この背景を理解して、なおかつ、異議を申し立てるには、状況にもよりますが、大きな覚悟を必要とします。評価を変えることは望ましくないと考えている所に対して、変えよと要求するものであり、かつ、評価を下している上司、上部機関に間違いが有りという主張は、どのような結論が出ても、後の、職場の人間関係も気になりましょう。結論として、この制度に期待してはいけないということです。
○ 職能資格制度 ○
能力主義を謳い、導入された職能資格制度は、いつしか年功的な制度となってしまいました。能力主義とはいっても、決して潜在能力や、業務に発揮されない学歴を評価するものでなく、その職場の業務に活かされている能力を評価するものであり、その趣旨に沿えば、評価結果は、成果主義と大きく違うものではない。しかし、結果として年功的になってしまったのは、公正妥当な評価制度が確立できなかったためです。
評価で、資格ランクを決められないとすれば、何年間このランクにいるから、今年は、上に移動といった、年功的判断で処遇される。そして、経済が成長する時代は、職場の人間関係のバランスを第一に考え、彼を上げるなら、彼も同時に上げるといった運用になってしまった。今も多くの職場で、この状況は打破できていない。
職能資格制度であり、かつ、評価制度が、資格制度と明確に関係付けられていないなら、上司に、あるいは人事部に、自分のランクが、そろそろ上がってもいい筈と、常日頃アッピールすることが求められる。人事部、あるいは上司が、人事を考える時、そういった声が、評価データと同じ大きさで、時には、それ以上に、その判断に影響を与えます。
○ 多面評価制度 ○
直属上司は、組織の目的に沿って、部下に仕事を与えている。それ故にこそ、その仕事の出来栄え、取り組み方に一番関心を持っており、かつ、持たざるを得ない。この仕事の出来栄え、取り組み方を評価する適任者は、故に、直属上司となる。従来、評価の中心に、直属上司が位置付けられてきたのも、従って、当然の選択であった。しかしながら、問題は、その直属上司の評価が、いつも妥当なものであるとは限らないということです。
直属上司の中には、感情的で、自分の好き嫌いに評価を左右される人もいる。一番よく見える立場の上司ではあっても、時代の変化についていけず、部下の妥当な評価ができない場合もある。部下を評価で、差を付けることを避けようとする上司も居る。また、如何に詳細な職務分析をしても、評価の基準から、曖昧さを除去することも不可能である。これらの制度の弱点を救い、上司の評価をより妥当なものにしようとするもの、それが多面評価制度です。
しかしながら、多面評価制度、名前は同じでも、様々な形があります。評価を、直属上司と同じ形で、ランク値として評価するもの。文章表現での評価情報とし、上司評価者への評価に参考情報とするもの。下からを含む多数の評価データを集計し、評価値とするものなどです。しかしながら、多くの場合、直接的に、評価値とはせず、また、評価期ごと、毎回実施はせず、2年に1度といった位置付け、あくまで補助データであるようです。
多面評価の一つの形として、「360°多面評価」と呼ぶやり方が注目されている。直属上司以外、他部門の上司2名、同僚2名、部下2名の6名が評定者となります。大きな組織となると、特に、他部門上司に関しては、人事部が、各々に対し、誰が相応しいのか、接触が多いのか、組織図を見ても解らないため、評価される側の本人に選ばせる方法をとります。この場合は、自分をよく理解してくれ、かつ、高く評価してくれそうな人に評定を御願いしましょう。
様々な多面評価制度ですが、直属上司だけで、評価で答が決まってしまうことから起こる問題を改善しようとするもの。この制度で救われる場合もあります。それを期待しましょう。
○ 公平クン導入職場 ○
「公平クン」も多面評価制度を実現するシステムではありますが、内容は、上の多くの多面評価方法とは大きく異なります。まず、評定者は、組織構成から、同部門上司、同僚など、業務、組織の形から決定し、被評定者に選ばせるような方法はとりません。また、集めた多量データは、コンピュータが、甘辛と、中心化傾向の度合を揃えて、厳格な集計を行います。また、コンピュータは、評定者の評価傾向もチュックし、ビジュアルな分析データとします。この機能を活かすことでより公正な評価データを導き出すことが可能になります。さらには、評定データを厳格に給与、賞与に結び付ける機能を持ち、このプロセスで、従来避けることが出来なかった曖昧さ、不透明さを無くしました。
従って、公平クン導入の職場においては、従来の制度下では有効であった、ゴマすりは無効であり、ゴネ得も期待出来ません。その事は、逆に、この公正さの中で、真面目に努力する人は、安心して、業務に集中できるということです。評価基準が求める所を精一杯応える人には、明確に、それを評価する答が返ってきますので、やり甲斐を感じることができます。
公平クンにも自己考課を取り込む機能がありますが、自己考課で高目のデータを突きつけても、曖昧な人事制度の職場とは異なり、なんら、評価を上げる効果は期待できません。逆に、自分を観る目がない、時代の変化、状況を理解出来ない人ではないかと危惧されます。正しく、この制度を把握してかかりましょう。