人事考課も「見える化」が鍵。公開あっての納得、考課情報どこまで公開しますか
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私企業も、病院も、学校も、諸官庁も、全ての組織には目的があります。その目的に対して、各職場の各職員が、どのような貢献をしたか。その評価が人事考課です。その内容、結果が公開されているか否かに関わらず、また、それが公正なものか、不公正なものかに関わらず、評価は存在しております。そして、その組織が、私企業のように、厳しい競争の場にあるなら、この評価が公正であることと、評価が処遇に厳格に結ばれていること、その情報が出来る限り公開されていることが組織存続の条件となります。
職員に見えない人事考課制度であっては、人事の納得性を高めることなど不可能です。見えなければ、不信感は生まれ易く、有能な職員までもが、やり気を失せることにもなりかねません。では、何をどこまで公開するか。まずは「考課基準」の公開をしましょう。組織目的から、各職場、各職位の職員が、何を成すことが目的に適うのか、その内容、観点を明示します。製造部一般社員は、この評価項目で、各項目の重み(項目ウェイト)はこれ、各項目の観点はこんな内容と、全集団のものを誰もが見える形にします。

上の図は、責任感という項目を評価する時、考課者が参照する画面です。この項目設定も、項目の観点も、ユーザーが、職場の職務に求められる内容を自由に設定していただきます。
この「考課基準」公開だけで、後は、今まで通り、直属上司の考課を基に、人事部、役員会が結論を出し、各自の処遇決定としたら、どうなるでしょう。「考課基準公開で、我々に求める所が見える形になったのはいい。しかし、この基準で、評価された結果がどのようになったか、それを見せられないと、納得し難いものが残る。結果をフィードバックして欲しい。」と。至極もっともな御意見、当然の声です。
そこで、上司考課者が、自分の評価したデータを部下に示し、話し合うという方法を導入した職場がありました。上司考課者にも、いろいろな人がいます。出来ない、困った部下だと思っても、評価データを本人に提示するとなれば、以後の職場維持も考えれば、そんなに正直な評価は出来ないと、さじ加減をする人もいます。一方、人事部は、あの部門長は甘いからと、一括下げ調整を行い、最終の評価点と、上司考課者の評価点にはズレが生じます。これは、上司考課者の弁解につながって、「僕は君の事を高く評価しているが、上部機関の調整などあって、賞与もこのようになってしまった。」という説得をします。このような問題は、考課者訓練では解決しません。
そんな上司考課者を救う手立てとして、自己評価からスタートする方法も考えられました。本人にまず、自分を評価させれば、それなりの値も出て、その上で評価するなら、白紙から評価するより楽になる。話し合いもし易いだろうと。そうでしょうか。自己評価、現実のデータは、実に様々です。一生懸命タイプ、いつも、高い所を見ている者は、自分に厳しく、辛い評価になることがあります。自己満足井の中の蛙タイプ、自信過剰タイプ、びっくりするほど甘い評価をします。思慮深いタイプ、自分を見る目を評価されないかと、上司の評価に合わそうとします。利口なタイプ、この人事制度の不備を読んで、絶えず、上司よりちょっと甘い評価をして、上司評価にプレッシャーをかけます。上司も自己考課を無視した厳しい評価には、非常な覚悟を要することとなりましょう。
公開性を上げて、納得できる人事にしようと、いろいろな試みがありましたが、いつも問題を残しました。評価データである結果を示す。これは、納得性を高めるのに外せないもの。しかし、直属上司の、このような苦しい立場で行う評価データに問題があるのです。先のプロセスを心配せず、純粋に評価に向かうことができ、観た通りの評価を可能にする。それが多面考課です。直属上司の自分のみが観た結果ではなく、皆が観たもの。それ故に部下へのデータ提示にプレッシャーはありません。また、評価に臨んでも、以後の処理を心配せず、観た通りの評価を可能にします。
多面考課により、考課基準を示し、「考課レポート」を返す。人事データ公開において、最低限必要な範囲です。それでは、考課レポートでは、何を伝えるべきでしょうか。図1は、考課レポートの各考課項目別の印字内容です。この例では、被考課者28名が、各項目で、最高点がどの位置にあったか、最低点がどの位置にあったか、その中で、貴方は、どの位置に評価されたか、自己考課はどんな位置か、図で示します。人事評価の納得には、同僚と比較して、妥当な評価がなされたかが重要であり、そのための情報となります。

図2は、同じく、考課レポートで、考課総合点数では、集団の中で、どんな位置にあるかを示します。順位までは伝えませんが、おおよその位置は読み取ることができるような図としています。自分のこのポジションが悪いのは、何処に原因があるかは、上の項目別のデータが示すという関係になります。全員の点数公開、あるいは、順位公開まですることは、通常の職場では、不要と考えます。

「公平クン」ユーザーの運用事例では、給与体系等に課題を残しており、システムの持つ、反映計算機能までは、まだ、適応できないという所も複数あります。しかし、このレポートのフィードバックで、職場がいい方向に変わってきたとの報告があります。
人事評価は、最終的には、給与、賞与の金額に結び付けるもの。それ故に、評価結果と、給与、賞与との関係を明示する。この情報公開も欠かせません。「当社には賃金表があり、これによって皆さんの給与を決めます。」そう説明されても、この評定結果で、何故、そのランクの給与なのか、部門間調整など、見えない判断が介在しており、上司には説明不可能なものとなってしまう。「公平クン」は、この職員から見ての不明瞭さを超えたいと考えました。集団毎、数式と定数の提示で、このフィードバックされたレポートの総合点から、金額が導かれる。エトナは、人事における情報公開の範囲を、ここまでは必要と考えました。
「公平クン」においては、多面考課故に得られる、考課者のチェックデータがあります。このデータは、どこまで公開されるべきでしょうか。過去、エトナにおいては、これらのデータの一部、考課者チェックリストを公開したことがありました。比較の上で、「甘い」「辛い」「中心化傾向」といった情報ですが、考課者に大きな刺激を与え、うっかり、いい加減には評価はできないと、反省を促す効果はあったようです。しかし、一方で、多面考課の重要データである、斜め評価のデータを、大きく減らすということも起こりました。どこまで公開するかは、職場の雰囲気、メンバー構成等考えて、判断すべきことだ考えます。
考課者チェックデータ、公開しないまでも、関連した上司考課者が集合し、「貴方は、誰々に甘い、辛い」の情報をお互いにチェックし合い、事情説明をし合って、誤解があったなら、元データを修正、再提出というプロセスを設けることも、より妥当な考課結果を得る方法です。より公正なデータを集める、それには、このシステムの持つ、考課者データの検証機能を理解してもらうことも効果があります。